第一章 プロローグ
昔々…
人がフェアリー(妖精)やドワーフ(小人)やトロール(大男)と普通に仲良く暮らしていました。
ところがある時、火山の爆発で大地の温度が1度ほど上がりました。暖かくなった気温のため畑の作物が増え、やがて人は増えていきました。
一方、気候の変化に適応できなかったフェアリーや、ドワーフやトロールは暖かさが耐えられず、寒い地方や山奥でひっそり暮らすようになりました。
そして人とフェアリー達は別々の世界で暮らすようになったのです。
フェアリー達が住む世界はレクルース・ランドと呼ばれるようになりました。フェアリーの他にドワーフやトロール達もいます。
人は新しい土地を求めて広がり、少しでも作物の収穫の多い土地を求めて、人同士で争うようになりました。欲が人を支配してしまったのです。
やがて人はレクルース・ランドがどこにあるのか分からなくなり、そして住人の姿さえ見ることができなくなってしまいました。
第二章 生きること・死ぬこと
シルフ(男子の風の妖精)のリョウとシルフィード(女子の風の妖精)のランが木の枝の上から遠くを眺めていると、里から人が歩いてきました。人は、レクルース・ランドの事を知りませんから、次の里に向かう旅人でしょう。
「暑いなぁ、なんだってこんな山奥を抜けなけりゃならないんだ」
そう言って旅人は近くにあった、大サムザの木を一本切って、日除け笠にしました。その木は、リョウの家の大切な日除けです。
「な、なんて事をするんだ」
リョウは怒ります。
「あいつを迷わせてやる!」
レクルース・ランドの住人たちは時々悪戯をすることがあります。
里から人がたまにレクルース・ランドを通って旅をして行くことがありますが、むやみにごみをすてたり、木の枝を無碍に折ったりする旅人の方向感覚を狂わせ、道に迷わせてしまうのです。
何度も何度も同じ山道を回った旅人はやがて、疲れてしましました。
「やれやれ、なんてこった、何で道がわからないんだ、地図通りに歩いているのに」
疲れて腰を下ろした旅人は少しウトウトとしはじめました。
「よし、お前の食料を少しここに置いていけ、そうすれば道が晴れるだろう」
リョウが旅人の耳に囁くと、旅人は寝ぼけ眼でつぶやきました。
「お昼の分の食料を置いていかなけりゃ・・・」
リョウも旅人の食料と引き換えに、許してあげたようです。
レクルース・ランドの住人たちには、人にはない特別なフォース(霊力:ちから)があるようです。
人の感覚を惑わす力…
物を動かす力…
傷を直す力…
その他にもまだまだ知らない力があるようです。
しかし、シルフィードのコウだけは、何の力も持っていませんでした。
自分の家の大切な日除けを奪われたリョウは、しっかりと仕返しをして、意気揚々としてランと話をしていました。
そこに、コウが通り過ぎようとすると、リョウはランに声をかけました。
「おい、見ろよ! フォースなしのコウが通るぜ」
「あら、本当 今日も顔色が悪いわね」
何の力を持たないコウを他のレクルース・ランドの住人の中には「フォースなし」と嘲笑う者もいました。
しかし、コウは気にしませんでした。
「あ、リョウにラン! こんにちは。今日も暑いわね」
持ち前の明るい性格で挨拶します。
「ちぇっ! コウの奴、全然気にしてないな。元気な奴…」
少し、がっかりした様子のランでしたが、それ以上何も言いません。ちょっと意地悪を言ったリョウですが、そんなに悪い奴ではなさそうです。
ある時、トロール達が木の枝で槍投げをして遊んでいました。
「俺での方が遠く飛んだど」
「次の俺での投げをみでみろ!」
競い合っているうちに、枝はどんどん遠くへ飛ぶようになりました。
そこにたまたま通りかかったランの体に枝があたってしまいました。
トロールは、体が大きいので、槍投げにしていた木の枝もシルフィードからすれば、丸太のようです。
丸太があたったランはその場に倒れてしまいました。
「俺で、俺で・・・」
トロール達は、オロオロして、何もできません。
やがてレクルースランドの全員が集まってきました。
「う、ううう・・・」
ランは苦しそうに身悶えします。
「みんな協力して、ありったけのフォースで、支えるんだ」
みんなは、それぞれにフォースを出し、その力をランに与えました
フォースのないコウは、ランの手を握り励ますのでした。
「目が、目が見えない」
ランの顔色はどんどん青ざめていきます。
「頑張って、ラン」
「私、もうだめ」
「そんな・・・気をしっかり持って、ラン」
「コウ! コウの手は暖かい。今までごめんね、フォース無しなんて呼んで」
「いいのよ、気にしないで」
「コウの手、本当に暖かい。この温もりがあれば、死ぬのも怖くないわ」
「ラン!」
もう、ランは返事もできませんでした。
ゆっくり閉じ目は、二度と開きません。
みんな、すすり泣いています。
もう、二度とランに会えないないのです。
どんなにフォースがあっても、死に対して無力であることを、みんなは思い出しました。フォースの無いコウも、フォースの強い他のレクルース・ランドの住人も一緒なのです。
第三章 癒しを求めて
コウは人が傷つくこと、死んでしまうことを考え始めました。
「いつか死んでしまう命なのに、なぜ生まれてくるのだろう?」
コウは、賢者のハーメット(隠者)を訪ねてレクルース・ランドを後にしました。
人知れぬ山奥にあるレクルース・ランドよりも更に山奥に進むと、草木も生えないような岩場になります。ハーメットはそんな山奥に住んでいるのでした。
長い、長い道のりを経てやがて、コウは岩場に住むハーメットのチェトに会えました。
「おやおや、こんな山奥に、シルフィードとは珍しいお客だね」
チェトは、コウを家に迎えてくれました。
「ところで、シルフィードがいったい何の用だい?」
「コウと言います。解けない謎があって、ハーメット様にぜひとも、教えていただきたいのです」
「私はチェトだ。なんだい、謎って」
「謎といいますか、疑問と言いますか?」
「疑問?」
「疑問と言いますか、悩みとでも申しましょうか」
チェトは、すこし呆れた様子でしたが、一息ついて言葉にしました。
「まあ、謎でも疑問でも悩みでもいいから、とにかく話してごらん」
コウは、ちょっと躊躇ったようですが、勢い良く話しだしました。
「はい、この世の者は、フェアリーも、ドアーフも、トロールも人もいつか死ぬ時があります。それなのに、なぜ生まれて来たのでしょう?」
チェトはコウに飲み物を進めながら、微笑んで
「コウは生まれてこなかった方が良かったと思うのかい?」
コウは驚きました。今までそんな事は考えた事も無かったのです。
「いえ、そんな事は思いません」
「どうして? 思わないんだい?」
「だって、今まで楽しい事が一杯あったから」
チェトはカップを置いて、更にコウに尋ねます。
「じゃぁ、楽しい事が全く無かったとしたら、生まれてこなかった方が良かったと思うのかい?」
コウは困ってしまいました。今までずっと生きている事が楽しくて楽しくて仕方が無かったのです。楽しい事が全くないなんて、そんなことあるのでしょうか? お母さんに褒められたこと、お父さんと一緒に歩いたこと、小さな小さな出来事さえ、楽しい思い出です。
お父さんが亡くなった時の悲しさは忘れません。でも年老いた者から先に亡くなって行くのは自然な事だと思えていました。
楽しい事と悲しい事は別の話です。
今まで、楽しい事が全くなかったということを考える事が、今までのコウにはなかったのです。
「わかりません」
やっと、答えを口にしたコウにチェトは優しく微笑んで、
「じゃぁ考えてみるがいいさ。その間ずっとここにいて良いんだよ」
コウの新しい生活がはじまりました。
朝な夕な、新しい疑問が湧いてくる度にコウはチェトにたずねます。
しかし、チェト逆にいつも、
「どう思うんだい」
と切り返されてしまいます。そしてコウはまた考えるのでした。
「ねぇ、チェトさん。 なぜいつもあなたは、私の質問に直接答えてくださらないで、『どう思う』って逆に質問されるのですか?」
チェトは、飲み物のカップを口に近づけながら言いました。
「コウ。謎とか悩みというのは、自分自身の中に答えがあるものなのさ。自分で答えを見つけなきゃいけないものなんだよ」
実は、コウ自信も気がついていたのでした。いつも、自分が考える事で、納得できるという事を。
「そうですよね。」
そして、コウは既に見つけていたのでした。チェトに最初に投げかけた質問の答えを。
コウは、レクルース・ランドに戻る時が来たようです。
チェトは、コウに最後に興味深いアドバイスを与えるのでした。
「コウ! おまえには才能がある。お前の心を移すアミュレットを探すが良い」
「アミュレットって何ですか?」
「それは、私には分からない。お前自身が気付くはずだ。お前の心が惹かれる・・・自然の中にあって、誰にも気付かれずにお前が手に取るのを待っている物だ」
「よくわかりません」
「心で感じるのだ。お前が惹かれる何か・・・」
「心ですか・・・」
「お前が、祈りを捧げる時、お前の脇に置いておきなさい… さぁ、もう行くが良い。レクルース・ランドに、おまえの住むべきところに、帰るが良い」
「チェトさん。本当にありがとうございました。」
微笑みながら、手を振るチェトを後に、コウは来た道を歩き出しました。何度も何度も振り返り、チェトが見えなくなるまで。チェトもずっと手を振っていました。
長い道のりを歩くうち、喉が渇いて、川の近くにやってきました。すると、川底から何か光りがみえます。
「なんだろう」
コウは、喉の渇きもわすれ、川底から救い上げました。それは、青い青い紺碧の石、ラピスでした。
「チェトさんの仰ってたのはこれだわ。私を待っていたのね」
コウは、自分の心を写す鏡… アミュレットを見つけたのでした。
レクルース・ランドに戻ると、住人がいません。
「みんな、どこに行ったのかしら?」
コウは集会場に行ってみました。すると住人が集まっているのが見えます。
「どうしたの?」
「あ、コウ戻ったんだね。旅人がやってきたんだけど、深い傷を負っているみたいで、道で倒れていたんだ。空いているベットは、ここにしかないから、運んだんだ」
答えたのは、リョウでした。
「どうして傷を負っているの?」
「分からない・・・」
体の傷を直す霊力を持つ、ロラが旅人の傷にフォースを注ぎます。
「不思議・・・この人の傷の中から鉛の玉が出てきたわ」
ロラは今まで見た事も無い、小さな玉を取り出してじっと見つめました。
「もう、傷は大丈夫。あとはゆっくり休ませて、目を開ければ大丈夫」
翌日、旅人は目を覚ましたました。
用意された、スープを見つけると、おいしそうに飲み干しました。
ところが暫くすると、突然、旅人は、大声でわめき始めました。何を言っているのか分かりません。
そして、両手で耳を塞ぎブツブツ何かつぶやいています。
また大声を出したかと思うと、突然眠ってしまいました。
どうやら、体の傷は治ったようですが、心にのどこかに深い傷が残っているようでした。
ロラは、どうする事もできませんでした。
他のレクルース・ランドの誰もどうする事もできませんでした。
住民は気味悪がり、誰も旅人に近づこうとしなくなりましたが、みんなで、順番に食事の用意だけして様子をみる事にしました。
第四章 Lapis-prayer
今日の食事の当番は、コウでした。でも食事を用意したコウはどうすることもできません。
眠っている旅人の隣でただ祈ることしかできません。回復を求めて、ひたすら祈りました。
すると、チェトの助言通りに祈る時、脇に置いておいたラピスが光だしました。
そして・・・
宇宙の・・・
大地の・・・
パワー(力)が集まってきました。コウの祈りに共鳴したようです。
コウはその集まってきた力を旅人に向けました。
気が付くと、旅人が目を覚まし、心の傷はすっかり癒えているようでした。
コウは気づきました。その力は自分が持っているものではなく、宇宙や、大地に存在するものだったのです。力を使うという事は、宇宙と大地の力に頼ることだったのです。
そうです。コウにも霊力があったのです。レクルース・ランドのどの住人より強いフォース。それは「癒し」でした。目に見る物ではなかったので、コウ自信にも気がつかなかったのでした。
この時からレクルース・ランドの住人たちは、コウをLapis-prayerと呼ぶようになったのです。